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プレイズ
人は何を求め賭けるのか

SUPPEを運営する「すごろくや」によるプレイズです。
著者アイコン永田(すごろくや)
投稿日: 2025年11月26日(初稿5月14日)

馬が競うと書いて、競馬。
が、ただ馬が走ってその脚力の優劣を競うのではない。

莫大な金銭と名誉を賭けて、大勢の人間の思惑が動く。
数あるギャンブルの中でも、圧倒的認知度と人気を誇る国民的スポーツ。

つまるところ...実際に競うのは人間であり、膨大な金銭を奪い合う、欲望に支えられた呵責なき戦い。
それこそが競馬の実態なのだーーーということもできよう。

では、果たして「金銭」を賭けなかったのならば、この熱狂は生まれないのか?
その哲学的命題に果敢にも挑戦した(と勝手に筆者が思っているだけだが)野心作こそが、本作「ダービーカジノ」である。

サイコロやアプリによって、ランダムに自動的に進んでいく競走馬たち。
その展開を必死に目で追いつつ、目の前に広がったボード上にある限られた「賭け枠」に、リアルタイムでチップを置いていく。
これが本作のルールの基本的な、そして唯一の根幹でもある。

レースの展開を見極めてから着実に賭けたくなるのが人情だが、当然他の誰もが同じように考える。
「連番」や「三連単」に近いものもあったりする、かなりのバリエーションが存在する「賭け枠」だが、基本的にある馬のある賭け方は「1枠」しかない。
よって、ある程度の確信を持てるようになるまで賭けるのを待っていては、その枠は他の誰かに取られてしまうのである。本能的にはやる気持ちと、確実性を求める理性とがせめぎ合う、もうこの段階で脳は一気に興奮状態に突入する。
「リスクをとって早めに賭けるべきか、配当還元率を多少犠牲にしてでも確実性をとるべきか」という極めてオーセンティックなジレンマは、逆に言えばすぐにゲームの世界にのめり込むための潤滑剤として機能するが、しかしそれはまずもって本作の魅力の第一段階である。

では、第二段階とは何か。
人間、何度か遊んでくると次第に慣れてくるので、慣れてくると実は思いのほか多様な賭け方があることを再認識するのである。
当然ながら判定条件が複雑な賭け方ほど見落とされやすく、またハマった時には大化けする可能性も秘めている。
これは実際の競馬もそうであると思うが、人間面倒なことは本能的に忌避しがちであり、面倒でもきちんと計算などを怠らない方がリターンがあるのだ。「ぱっと見」でわかりやすいものほど競争率が高く、その割にリターンの期待値がさほど良くない、というのは実生活でも活かしたい教訓である。

本能に流されず、理性と一瞬の計算とリスクテークがうまく行った時の、「してやったり感」は、このゲームならではの「知的結実」であり、本作のもっとも本質的な魅力である様に思う。これが、第二段階である。

競馬から金銭を賭ける、という部分を取り除いたらどうなるのか。
率直にいうと、予想以上におもしろい。ただ競争の結果に一喜一憂するだけでも、楽しいのである。

もちろん一円にもならないので、勝利しても灼けつくような快感は、ない。
そこにあるのは、純粋な勝利の喜びである。知的達成感である。
しかし、競馬というゲームの本質をいわば純粋培養した、どこまでもピュアな競馬の魅力である、とも言えるわけだ。
こんな面白さに金銭のリターンという付加要素があるんだから、それはまぁ本物の競馬はたまらないわけだ。

どこまでも余計なお世話ながら、本ゲームで競馬の面白さに目覚めてしまい、本家の方で身をもち崩す人がいないか心配ではある。
金銭を賭けずにここまで熱狂できるのだから、賭けたらどうなってしまうのか...

何はともあれ、「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」という。
ということはつまり、ダービーカジノは遊んでみよ、ということだ。

著者:
好きなゲームはDixitです。
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