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多様性が生まれるためには
- 渡辺さんが高校生や大学生だった90年代ごろに、近代ボードゲームとの出合いがあったとのことですが、その後株式会社エニックス(現 株式会社スクウェア・エニックス)に入社されたあとも、ボードゲームでは遊ばれていたんですか?
- 渡辺
- はい。とくに、すごろくやが高円寺にできてからは、たくさん買いました(笑)。
- ありがとうございます(笑)。
- 渡辺
- 僕がスクエニを辞めてボードゲームのほうに舵を切ったのは、もう本当に、すごろくやが直接のきっかけになっているんですよ。丸田さんが株式会社チュンソフト(現 株式会社スパイク・チュンソフト)を辞めて、ボードゲーム屋をはじめるって聞いて「なんじゃそりゃ!?」と思いつつ、すごろくやに伺ってみたら「あ、なるほど」と。僕がやりたいこともこっちだなって思わされました。
- わー、そうだったんですね。
- 渡辺
- そのころのコンピュータゲームって、どんどんマニアックになっていたし、大作化もしていたんで、僕の理想はこれじゃないなと感じていたんですよね。あと、コンテンツの中身に対する理想のほかに、制作体制の理想というのもあって、それは「個人でつくれるもの」こそが最上、ということなんです。
- 一人でつくることができる、ということですか?
- 渡辺
- そうです。コンテンツビジネスって、作品の多様性がいちばん大事だと思っているんですが、その多様性が生まれるためには、一つの作品がなるべく安価でつくれる必要があると思うんですよね。企画業を10年くらいやって実感したのが「漫画では通る企画がゲームでは通らない」ということ。例えば、『コウノドリ』とか、産婦人科医の漫画はすでにありますが、産婦人科医のコンピュータゲームって、たぶん企画が通らないんですよ。「なんで、そんなにマニアックなことをするの」といわれると思う。それって、なんでなんだろうと考えたんですね。もちろん、市場性とか、お客さんの好みの傾向というところもありますが、やっぱり、いちばんの理由はコンピュータゲームを1本つくるのにお金がかかりすぎるからだろう、と。
- かかるコストが大きい分、ちゃんと売れる見込みがあるものをつくらなくてはならないんですね。
- 渡辺
- そうすると、だいたい似たようなものになっていくんですよ。もちろん、漫画だって売れるように工夫して描かれていますが、漫画の場合、その売れるものっていうのがもっと小さなクラスターに分かれていて、それぞれに需要がある。そういうクラスターがたくさんある状態が理想だと思っています。
- 渡辺
- スクエニ時代、僕はオンラインゲームのプロデュースを担当していました。オンラインゲームってコミュニティが大きいほど価値が高くて、人も集まってくるんですよ。これってSNSなどと同じコミュニティビジネスの基本で、勝ち組がさらに勝つ、No.1がどんどん大きくなっていくという仕組みになっている。最初はあった小さな粒もどんどん大きな粒に吸収されていって、でっかい塊になっていくみたいな。
- 多様性がなくなっていく。
- 渡辺
- そう、多様性とは真逆の動きになるんですよね。だから、スクエニでは僕がが理想とするようなゲーム作りは難しいのかもしれないな、と感じるようになりました。もちろん最初はそんな大それた理想があったわけじゃないんですが、社会人になって、プロデューサーという仕事をしばらく続けていくなかで、自分なりに理想的だと思うコンテンツプロデュースはこういうものだというのが、だんだんわかってきたんですよね。「漫画のようにゲームをつくる」。これがベストだと思います。
- 漫画は、作家さんがアイディアからペン入れまで一人でやりますもんね。
- 渡辺
- もちろんアシスタントさんと分業する作家さんも多いとは思いますが、それはあくまでお手伝いで、作品の核を成立させているのはほぼ一人ですよね。ボードゲームもそれに近くて、ゲームデザイナーとグラフィックデザイナー、あるいはイラストレーター、だいたいその2人がいればつくれちゃいます。漫画や小説と近い感じですよね。
- 産婦人科医を題材にしたボードゲームなら、つくれそうです。
- 渡辺
- つくれますね。なんなら、もっとニッチな題材のゲームもいっぱいあると思います。コンピュータゲームと比べると、ボードゲームは気楽につくれる部分があるし、みんなが思いついたゲームをポンポンと生み出して商品化することで、多様性につながっていますよね。なので、僕にとっては理想的な市場なんですよ。
- 渡辺さんは、かなり前からポッドキャストにも取り組んでいらっしゃいますが、それも一人でできることと関係していますか?
- 渡辺
- ああ、それはそうかも。実はポッドキャストは、ドロッセルマイヤーズよりも前からやっていて、会社を辞めて独立しようかどうしようかと考えていたときに、まずはできることから試してみようと思って、2010年に『ボードゲームおっぱい』というコンテンツをはじめました。現在はいろいろあって『ボっぱい』というタイトルになっています。
- そのころって、まだ今ほどポッドキャストは認知されていなかったですよね。
- 渡辺
- そうですね、ポッドキャストというメディアも滑り始めで、iTunes 上での配信で盛り上がってきたかなぁくらいのころです。僕は大手ゲーム会社に所属しているプロデューサーとして、会社の看板を借りて仕事をしているという自覚があったので、独立して一人になった途端になにもできないという可能性もあるわけですよね。ポッドキャストをはじめたのは、会社の看板を借りずに、一人でどの程度のことができるのか試してみたかったからなんです。そのころの僕は、単にボードゲームファンの一人でしかなかったので、受け手からすると「誰だこいつ」という状態。そんな状態でも、ある程度聴いてくれる人がいて、影響力が多少なりとも出せるのであれば、お店をやったり、ボードゲームを制作・販売したりすることでもやっていけるかも? と思ったんですよね。
- 以前取材させていただいた森川さんにも、同じような質問をさせていただいたんですが、ボードゲームとコンピュータゲームの違いについて、伺わせてください。ほかのインタビュー記事で、渡辺さんが「コンピュータゲーム上でのコミュニケーションには、一段フィルターがかかっている。コミュニケーションの奥行きに限界がある」と話されていたんですが、その言葉に共感しつつ、やはり、コンピュータゲームをつくってきた渡辺さんだからこそ、よりその感覚って明確にあるように思われるのですが‥‥。
- 渡辺
- そうですね。実は、コンピュータゲームに限らず、ボードゲームのなかでも作品やジャンルによってそういう差はあると思います。やっぱり、ゲームの持っている情報量が多ければ多いほど、プレイヤーとはゲームシステムとのコミュニケーションの度合いが上がって、プレイヤー同士のコミュニケーションの度合いが下がるんですよね。『テラフォーミングマーズ』や『アグリコラ』のような複雑なゲームになればなるほど、ゲーム対プレイヤーの対話をそれぞれが横に並んでやっている、みたいな形になっていく。
- ルールが複雑になるほど、プレイヤーはゲームと対峙せざるを得なくなりますよね。自分のことで必死になっちゃう。
- 渡辺
- ゲーム自体の主張を極小にすると『さんぽ神』などの「ゆるゲーシリーズ」のようなものになり、主張を大きくしていくと『テラフォーミングマーズ』や『アグリコラ』のようなものになります。で、コンピュータゲームは、後者よりもさらにゲーム自体の主張が大きいメディアですね。
- なるほど。
- 渡辺
- 複数人で遊ぶゲームであっても、人と人の間に、コンピュータゲームが巨大な裁定者として関与しているんですよね。例えば、人と人が単に会話というコミュニケーションをする場合は、介在するものがゼロじゃないですか。人間たち自身が会話のおもしろさを担保するしかないので、双方のユニークさや、相手への興味が必要だったりしますが、オンラインゲームでのコミュニケーションには、間にゲームが大きく介在しています。そのおかげで、直接会ったら全く会話が弾まないような人同士でも、ゲームが間にあればたのしく遊べるというブースト作用があって、これはこれで大きなメリットです。なので、ゲームが介在するコミュニケーションがよくないというつもりは全くありません。ただ、僕自身の価値観、好みとしては、ゲーム自体があまり主張しすぎないほうが「味がある」と思っています。
- それこそ、ルールがシンプルで奥行きを感じられるもの。
- 渡辺
- そうです。一方で、格闘ゲームなどの熟練者のように一つのゲームをずっとやっていると、今度はそれが透明化していくんですよ。
- 透明化、ですか?
- 渡辺
- ゲームシステムが当たり前の「環境」のようなものになるんです。格闘ゲームやFPS(※)などのオンライン対戦ゲームをやり続けていると、ゲームの存在がだんだん自然環境のようなものに感じられていく。間にあるゲームが透明化していくことで、結果的に対戦相手の顔が見えてくるんですよ。
※FPS…「First Person Shooter(ファーストパーソン・シューター)」の略。プレイヤーが一人称視点で世界を見ながら操作するゲームジャンルで、代表的な作品には『Call of Duty』や『DOOM』などがある
- eスポーツの世界では、人の思考を読んだり、心理戦が繰り広げられたりしますが、それはゲームの存在が透明化した結果だったんですね。
- 渡辺
- そうなったあとのコンピューターゲームはまさにスポーツで、人間同士のインタラクションもアナログゲームと同じかそれ以上に強かったりもするので、そんなに明確に区別できることじゃないんですけどね。
